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半世紀以上の歴史を持つトヨタの最高級サルーン
お抱えドライバー(=ショーファー)が運転する高級車として、日本の代表モデルと言えるのがトヨタ・センチュリー。主に官公庁の公用車や企業の役員車という需要を見込み、半世紀以上も前の1967年に初代が登場しました。以後、改良が加えられながら30年も生産され続け、国産車としては異例のロングライフモデルとなりました。
2代目は1997年に発売。外装デザインこそ初代と大きく変わりませんでしたが、エンジンはそれまでの4リッターV8に代えて、国産車初にして唯一の5リッターV12を搭載したことが大きなトピックとなりました。また、生産期間も約20年に及ぶなど、初代と同じく長寿モデルだったと言えるでしょう。
その跡を継いで2018年に登場したのが現行3代目です。ボディサイズは全長5335mm、全幅1930mm、全高1505mm、ホイールベース3090mmと堂々としたもので、2代目に対して全長とホイールベースが65mm、全幅が40mm、全高が30mmそれぞれ拡大しています。また、車両重量は2代目比プラス300kgの2370kgに達し、国産セダンとしては超重量級と言えるでしょう。
現行センチュリーの車両本体価格は税込み1996万2963円。乗り出し2000万円オーバーという、そんな超高級セダンが昨年暮れには、千葉県、愛知県、石川県、兵庫県では知事の公用車として導入されていたことが朝日新聞の調べで発覚し、「税金の無駄遣いだ!」と多くの人の反感を買ったことが最近ニュースで報じられたのも記憶に新しいところではありますね。
思わぬ形で注目されることになったセンチュリー。国産車で唯一と言える本格的ショーファードリブンを見ていきたいと思います。
現行センチュリーは環境対応のハイブリッド仕様
トヨタはもちろん日本を代表する超高級セダンだけに、ゆとりの動力性能は言うまでもなく、滑らかなフィーリングや優れた静粛性など、いくつもの要素が高次元で求められるセンチュリーのパワーユニット。
2代目では、それが5リッターV12という非常に分かりやすい形で表現されていましたが、ショーファードリブンとはいえ環境性能も求められる今の時代に合わせ、現行型ではハイブリッド化が図られました。
エンジンは、直噴+ポート噴射のデュアルインジェクター仕様(D4-S)とされた5リッターV8の2UR-FSE型で、最高出力381ps、最大トルク52.4kgmを発揮。レクサスLS600h/hLにも搭載されたエンジンですが、スペックは394ps/53.0kgmとされ、センチュリーへの搭載にあたって若干デチューンされています。
また、容量6.5アンペアのニッケル水素電池で駆動される1KM型モーターも搭載。こちらは最高出力224ps、最大トルク30.6kgmを誇り、動力性能の向上に大きく貢献しています。
さらに、ハイブリッド化に加え、アイドリングストップや可変バルブタイミングシステムVVT-iE、エアコンの省動力化、空気抵抗の低減などによって燃費性能を追求。JC08モード13.6km/L、WLTCモード12.4km/Lで2020年度燃費基準をクリアするだけでなく、国土交通省より平成30年度基準排出ガス75%低減レベルも取得しています。
漢字名が与えられた4種類のボディカラー
ライン生産される一般車とは異なり、『匠』と呼ばれる熟練の専任作業者によってボディ生産から塗装、組み立て、最終検査までが行われるセンチュリー。作業工程ごとに厳格なチェックが行なわれ、その検査結果をヒストリーブックに記すことで高品質を揺るぎないものにするという、もはや工芸品並みのプロセスで生産されています。
その中で、センチュリーが特別な1台であることを示すのがボディカラーの呼称でしょう。全4色が用意されていますが、エターナルブラックは『神威(かむい)』、シリーンブルーマイカは『摩周(ましゅう)』、ブラキッシュレッドマイカは『飛鳥(あすか)』、レディエントシルバーメタリックは『精華(せいか)』と、それぞれ“和”を連想させる漢字名が与えられています。
あまたある国産車のうち、メーカーが公式にボディ色を漢字で表現しているクルマはセンチュリーしかありません。そこには、「センチュリーとは日本を代表する最高級車である」ということを強くアピールするトヨタの姿勢が見て取れます。
ちなみに、イメージカラーであるエターナルブラック『神威』は丁寧な7コート塗装とされ、漆黒感を高める黒染料入りのカラークリアでフィニッシュ。究極の平滑さと艶を実現するため、水研ぎや鏡面仕上げなど日本の伝統工芸である漆塗りを参考にしています。その結果、吸い込まれそうな深みと、まるで鏡のような光沢が生み出されることになったのです。
細部に散りばめられた日本の伝統と様式美
センチュリーが他の国産車と明らかに一線を画すのは、日本独自と言える美意識のもとに伝統的な文様を織り込み、細部に至るまでのデザインを徹底的に磨き上げている点にあります。
まず外装では、ボディサイドに採り入れられた『几帳面』が挙げられます。几帳面とは、平安時代の屏障具(屏風や衝立など間仕切りや目隠しに使う調度品)の柱に用いられた面処理の技法のひとつ。2本の並行した線を角として研ぎ出し、そのわずかな隙に淀みなく通した面を1本の線として際立たせるもので、センチュリーの外観に格調を与えます。
また、センチュリーの伝統である鳳凰のエンブレムは、初代が誕生した1967年に当時の工匠が腕をふるった手彫りの金型を、新たに江戸彫金の流れを汲む現代の工匠が継承、進化させたもの。
工作機械では決して生み出せない繊細さと躍動感が見事に表現されています。その他、精緻な七宝文様が採り入れられたフロントグリルや、和の光をモチーフとしたリヤコンビネーションランプも特徴と言えるでしょう。
一方、内装では端正な柾目(まさめ)の本杢材がふんだんに使用されています。それも、タモ材の中心部でしか採れない貴重な木目を厳選。その木目を際立たせるため、熟練の匠が1枚ずつ刷毛で塗色するという手間のかけようで、塗料を丁寧に染み込ませ、拭い取りながら、趣のある木目の濃淡を引き出しています。とりわけ、優美な曲面を描くダッシュパネルやドアハンドルは工芸的な仕上がりを見せています。
さらに、後席天井にあしらわれるのは、“卍”という漢字を斜めに崩して連続的につなげた紗綾形(さやがた)崩しの柄織物。これは江戸時代に織物や染め物に多用された地紋で、光の加減によって紋様が浮かび上がるなど、品格のある雰囲気を漂わせます。また、フロントグリル同様、時計の文字盤には七宝文様が使われています。
内装色はボディカラーに関わらずグレーが標準ですが、ブラウンまたはベージュも選択可能。シートや内装トリムの生地はウールファブリック仕様の『瑞響(ずいきょう)』が標準で、税込み55万円のメーカーオプションとして本革仕様(+前後左右席シートベンチレーション機能付き)の『極美革(きわみがわ)』も用意されています。
痒いところにまで手が届いた後席のもてなし感
存在自体が唯一無二のセンチュリーですが、ショーファードリブンらしく、そのハイライトは後席にあります。
まず座面と背もたれが4:2:4で分割され、左右別々に前後スライド、リクライニング、シートバック状態起こし、ランバーサポート、ヘッドレストの電動調整が可能です。当然、シートヒーターも備わり、左後席に至っては内蔵されたエアブラダー(空気袋)によって肩から腰までを押圧するリフレッシュシートとされ、足を伸ばしてくつろげるフットレスト機能付き電動オットマンまで用意。メーカーオプションの本革仕様『極美革』を選ぶと、暑い季節にシート表皮の熱気を吸い込んで清涼感をもたらすベンチレーション機能も追加されます。
また、格納式の本杢加飾ライティングテーブルやLED読書灯、センターアームレスト前方に設置され、エアコンやオーディオ、シートなどの操作を行なえるリヤマルチオペレーションパネルなど移動時間を有効かつ快適に活用できる様々な装備も充実。後席用オートエアコンは温度だけでなく、吹き出し口も左右個別に調整できることは言うまでもありません。
さらに、リヤリートエンターテインメントシステムも標準装備。トヨタプレミアムサウンドシステムは原音忠実・立体空間再生をコンセプトとした12チャンネルオーディオアンプを備え、後席が最高のリスニングポイントとなるように、なんと20個ものスピーカーが最適に配置されます。
タワーコンソールに設置された11.6インチの大型ディスプレイはモニターに映る映像の明るさを自動で判別。映像のコントラストを常に最適化する液晶AI機能が導入される他、ブルーレイディスクプレイヤーやSDカードスロット、HDMI入力端子を備え、多彩なマルチメディア環境にも対応しています。もちろん、モバイル端末やパソコン内の映像、音楽、写真などの表示や再生も可能です。
センチュリーの後席はまさに至れり尽くせり。実は後席用の取扱説明書が用意されていることからも、どこに重きを置いて設計されているかがわかるというものでしょう。
レクサスのフラッグシップ、LSとは何が違う?
ライバル不在と思われるセンチュリーですが、車格からするとレクサスの最上級モデル、LSシリーズと比較されてもおかしくはありません。ここでは2台の違いを見ていきたいと思います。
まず、両者の大きな違いは販売マーケットです。センチュリーは一部の例外を除いて基本的に国内専用車とされていますが、レクサスは海外でも展開する世界戦略車になります。
それはクルマづくりの基本コンセプトが根本的に異なることを意味し、センチュリーが日本の伝統や様式美を積極的に採り入れているのに対して、レクサスLSは仕向け地に合わせて多少の仕様変更が行われているとはいえ、世界中のユーザーに受け入れてもらえるようグローバルな設計とされています。
また、パワーユニットにも違いが見られます。センチュリーは5リッターV8+モーターのみですが、レクサスLSは3.5リッターV6エンジンを基本にモーターを組み合わせたハイブリッド仕様LS500hと、ガソリンツインターボ仕様LS500の二本立て。それぞれにFRとAWD、2種類の駆動方式が用意されるのもセンチュリーとの相違点です。
グレード展開はLS500hもLS500も駆動方式に関わらず、装備の違いによって下からベースグレード、Lパッケージ、Fスポーツ、バージョンL、エグゼクティブの5つ。あえてセンチュリーと比較をするなら、LS500hの最上級グレード、エグゼクティブのFRモデルということになります。
LS500hエグゼクティブのボディサイズは全長5235mm、全幅1900mm、全高1450mm。これはセンチュリーより100mm短く、30mm狭く、55mm低い数値になります。
しかし、意外にもホイールベースはLS500hの方が35mm長い3125mm。その分、室内長も稼いでいるかと思いきや2080mmで、実はセンチュリーの2165mmに及びません。これは外装デザインの違いによるところが大きいでしょう。車重は2320kgでセンチュリーより50kg軽いだけ。そもそも2トンを大きく超えているので、その差はないに等しいと言っても問題ありません。
続いて主要装備ですが、LS500hエグゼクティブはセミアリニン本革シートが標準で、シートヒーターとベンチレーション機能も備わります。センチュリーでは本革シートとベンチレーション機能がセットオプションなので、これは大きな違いと言えます。また、LS500hエグゼクティブはオーディオにも凝っていて、マークレビンソンリファレンス3Dサラウンドサウンドシステムが標準装備となります。尚、リヤシートエンターテインメントシステムは両車に共通する装備です。
LS500hエグゼクティブの車両本体価格は1670万9000円。センチュリーより330万円ほど安い設定で、車格や装備内容を踏まえるとたしかにお得感はあるかもしれません。
しかし、逆にたった330万円(と、あえて言います)の差で、匠と呼ばれる熟練の職人たちによってほぼ手作業で生産され、日本の伝統や様式美もふんだんに盛り込まれるセンチュリーには、間違いなく価格以上の価値があると断言できます。
センチュリーは後席に乗る人のことを最優先に考えたショーファードリブン、レクサスLSシリーズは後席に乗る人のことも十分に考えたドライバーズカー。言葉にすると微妙な違いかもしれませんが、まるで異なる設計思想。やはりセンチュリーは孤高の存在なのです。